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東京高等裁判所 平成6年(行ケ)276号 判決 1997年5月29日

愛知県瀬戸市熊野町38番地

原告

加藤正俊

愛知県瀬戸市水無瀬町19番地

原告

加藤益浩

原告ら訴訟代理人弁理士

宇佐見忠男

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 荒井寿光

同指定代理人

宮本和子

後藤千恵子

小池隆

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告ら

「特許庁が平成4年審判第14214号事件について平成6年9月22日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告らは、昭和62年10月29日、名称を「生物活性物質」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願(特願昭62-273868号)したが、平成4年6月15日拒絶査定を受けたので、同年7月27日審判を請求した。特許庁は、この請求を平成4年審判第14214号事件として審理した結果、平成6年9月22日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年11月17日原告らに送達された。

2  本願発明の要旨

真珠を700~1100℃の温度に加熱することにより得られる生物活性物質

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

(2)  特公昭56-53974号公報(以下「引用例」という。)には、「真珠貝の貝殻をきれいに洗浄し、この貝殻を1000℃~1200℃の高温の電気炉中にて約1時間加熱すると、高温処理された貝殻中の炭酸カルシウムが短時間の内に完全焼結し、酸化カルシウム及び微量のミネラルのみが得られる。この酸化カルシウムは完全燃結しているために手でもむ程度で容易に粉末となるため有機酸との反応が円滑に行われる。さらにこの際貝殻中に含有する有機リン等人体に有害な物質は除去される」ことが記載されている。

(3)  本願発明と引用例に記載されたものと対比する。

貝殻など炭酸カルシウムを主成分とするものはカルシウム源であって、生物活性物質であることは周知であること、また真珠の主成分が炭酸カルシウムであることも周知であることから、両者は、カルシウム原料を1000℃~1100℃の温度で加熱して得られた生物活性物質である点で一致するが、カルシウム原料として、本願発明は真珠を用いているのに対し、引用例は真珠貝の貝殻を用いている点で一応相違している。

(4)  相違点について、検討する。

本願発明における真珠とは、明細書の「真珠はそのまま、あるいは粉状、フレーク状等にして加熱せられるが、加熱にあたっては陶土、ガラス、セラミック等が混合されてもよい。また真珠粉末と上記陶土、ガラス、セラミック等の粉末とを混合して所定形状に押圧成形するか、あるいは上記混合粉末に水を添加してスラリーとし、該スラリーを所定形状に鋳込みあるいは押出し等で成形するかして成形物を作成し、しかるのちに加熱してもよい。」の記載からみて、真珠そのもののほか陶土、ガラスなどを混合してもよいものであるから、真珠の主成分である真珠層を含有すればよいものと解される。そうすると、真珠貝の貝殻には真珠層が含まれることは明らかであるから、原料に差異は認められない。

(5)  したがって、本願発明は、引用例に記載された発明と同一と認められるから、特許法29条1項3号に該当し、特許を受けることができない。

4  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点(1)及び(2)は、認めるが、その余は争う。

審決は、本願発明の生物活性物質の意味を誤認したため相違点を看過し、真珠と真珠貝貝殻中の真珠層との違いを看過したため相違点についての判断を誤った結果、同一性の判断を誤った違法があるから、取り消されるべきである。

(1)  取消事由1(相違点の看過)

審決は、貝殻など炭酸カルシウムを主成分とするものはカルシウム源であって、生物活性物質であることは周知であること等を理由として、本願発明と引用例に記載のものとはカルシウム原料を1000℃~1100℃の温度で加熱して得られた生物活性物質である点で一致すると認定したが、誤りである。

<1> 本願発明における生物活性物質とは、魚の生育を促進したり、花の鮮度を維持したりする作用のほか、高血圧、糖尿病、心筋梗塞、歯槽膿漏等の病気に対する治療効果、白髪を黒髪に変える効果等を含有する生物活性を有する物質をいう(甲第3号証2頁2行ないし5行)。貝殻を1000℃~1100℃で加熱して得られた物が上記の意味での生物活性物質であることは、引用例のどこにも記載されていない。引用例の貝殻処理物である灰分はこれを抽出して食品有機酸と反応させて有機酸カルシウムを主体とした塩を製造する原料として用いられるものである。

<2> また、貝殻あるいは炭酸カルシウムが上記の意味での生物活性を有する物質であることはこれまで認められていない。

(2)  取消事由2(相違点についての判断の誤り)

審決は、本願発明と引用例に記載されたものとは、真珠貝の貝殻には真珠層が含まれることは明らかであるから、原料に差異は認められないと判断したが、誤りである。

<1> 種々の真珠層を有する材料のうち、真珠のみが、古来から特別の生物活性作用を有するものであることが認められており、明時代の薬物の研究書「本草綱目」には真珠の様々な薬効が著されており(甲第4号証24頁参照)、薬科学大辞典(甲第17号証)にも、真珠が現在でも医薬品として使用されていることが明記されている。これに対し、貝殻の方は、医薬品として使用されておらず、本草綱目にも上記薬科学大辞典にも記載されていない。したがって、真珠の真珠層と真珠貝の真珠層とを同一のものと認めることはできない。薬効は単に主成分のみに依存しているのではなく、分析できないような微量成分あるいは該炭酸カルシウムとコンキオリンとの存在様式等の化学的要因や物理的要因によっても大きく影響されることは、周知のことである。

したがって、異なるものを同一温度で加熱処理する以上、同じ物が生成されるはずがない。

<2> 上記の点は、本願明細書(甲第3号証)の実施例9、10における生物活性物質D(フリット釉に固定分に対して80重量%の真珠粉を添加し更に水およびバインダーを添加してスラリーとし、板状の陶器素地表面に施釉する。施釉後1300~1350℃で30時間焼成する。)、E(アルミナ粉に10重量%の真珠粉を混合し、若干の水およびバインダーを添加して板状にプレスした後、1000℃で1時間焼成する。)と、比較物質D’(Dの真珠粉に代えて炭酸カルシウム粉を用いる。)、E’(Eの真珠粉に代えてかきがら粉を用いる。)との比較によっても明らかである。

被告は、上記比較は真珠貝貝殻粉加熱処理物を使用していないから無意味であると主張するが、E’で使用されるかきがら粉は真珠貝の貝殻と同等な真珠層を有しているので、上記比較は無意味なものではない。

<3> 原告は、真珠粉及び真珠貝貝殻粉を800℃、1時間加熱処理した試料の分析を名古屋市工業研究所に依頼した。その結果(以下「本件800℃試験結果」という。)は、以下のとおりである。

(a) X線回折(甲第6号証の1、2)

甲第6号証の1(真珠粉加熱処理物のX線回折チャート)と甲第6号証の2(真珠貝貝殻粉加熱処理物のX線回折チャート)とを比較すると、いずれも鋭いピークが見られるので、非晶質の含有量は少なく、大部分が結晶質であろうと思われ、この点では真珠粉と貝殻粉との相違は認められない。そして、真珠粉と真珠貝貝殻粉共に主成分は、炭酸カルシウムであることが認められる。しかし、真珠粉には、貝殻粉に存在しないピークが17.7°近傍に認められ、貝殻粉に含まれない水酸化カルシウム(Ca(OH)2)が含まれていることが明らかである。

(b) 赤外線吸収スペクトル(甲第7号証)

赤外線吸収スペクトルチャート(甲第7号証)により、真珠粉と真珠貝貝殻粉のスペクトルを比較すると、真珠粉には真珠貝貝殻粉に存在しない吸収バンドが3640cm-1近傍に見受けられ、X線回折の結果を参照すると、この吸収バンドは水酸化カルシウム(Ca(OH)2)のOHに由来するものと思われる。

(c) 蛍光X線分析(甲第8号証の1、2)

甲第8号証の1(真珠粉加熱処理物の蛍光X線チャート)と甲第8号証の2(真珠貝貝殻粉加熱処理物の蛍光X線チャート)とを比較すると、真珠粉、真珠貝貝殻粉共にCaを大量に含み、微量要素としてSr、Zn、Cu、Fe、Si、Al、Cl、Sを含むが、真珠粉には、貝殻粉にはないピークが63°近傍に認められ、真珠貝貝殻粉に含まれていないMnが含まれていることが認められる。

(d) 溶出試験(甲第9号証の1、2)

甲第9号証の1(真珠粉加熱処理物と真珠貝貝殻粉加熱処理物とを蒸留水に投入してカルシウム溶出量を測定した試験の成績書)と甲第9号証の2(表面積を真珠粉加熱処理物と真珠貝貝殻粉加熱処理物とについて求めた報告書)によれば、真珠粉の表面積は真珠貝貝殻粉の表面積の2/5程度であるが、カルシウム溶出量は、真珠粉が真珠貝貝殻粉の170倍以上である。

<4> 原告らが行った試験結果は、次のとおりである。

(a) 金魚飼育試験

<3> で用いた試料をそれぞれ水道水10000重量部に対して1重量部添加し、該水によって金魚を飼育したところ、3箇月を経過すると、成長に大きな差が認められた(甲第10号証)。

(b) 鮮度保持試験

1000℃、1時間加熱処理した真珠粉と真珠貝貝殻粉とをそれぞれ水道水10000重量部に対して1重量部添加し、該水にガーベラとサカキとを浸漬して鮮度保持試験を行った。その結果、ガーベラでは2週間経過後、真珠粉ではほとんど花に変化は認められないが、真珠貝貝殻粉では花がかなりしぼんでいる(甲第11号証写真1)。また、サカキでは1箇月経過後、真珠粉では葉にほとんど変化は認められないが、真珠貝貝殻粉では葉の痛みが激しい(同写真2)。

<5> 原告らは、真珠粉及び真珠貝貝殻粉を1000℃で加熱処理した試料(甲第12号証)の分析を名古屋市工業研究所に依頼した。その結果(以下「本件1000℃試験結果」という。)は、以下のとおりである。

(a) X線回折測定、及びカルシウムの定量の結果は、両者共に主成分は酸化カルシウムである(甲第13号証の1、2)。

(b) 赤外線吸収スペクトルでは、両者に含有される微量不純物量に差があるという知見が得られた(甲第14号証)。

(c) また、カルシウム溶出量でも単位比表面積当たり、真珠粉では73.6mgCa(88.3/1.2)、真珠貝貝殻粉では23.5mgCa(93.9/4.0)という大きな差が認められた(甲第15号証の1、2)。<6> 原告は、真珠粉と陶土との混合物の1000℃加熱処理物と真珠貝貝殻粉の1000℃加熱処理物とを用いて金魚の飼育実験を行った(甲第16号証)。この実験結果によれば、真珠貝貝殻粉を使用したA区では実験開始30日目に2匹の死亡が認められたが、真珠粉と陶土との混合物を使用したB区では実験開始52日目に2匹目の死亡が認められた。そして、最終的には金魚の平均体重がA区では7.5gであるのに対し、B区では13.75gであり、極めて顕著な差が認められた。

<7> 被告は、1000ないし1100℃の加熱では本願発明物質中に有機物が残存したり炭酸カルシウムが存在したりしていることは考えられない旨主張するが、加熱処理中に有機物が分解する場合は周りから分解熱を奪い、その結果周りの温度が低下することが考えられ、純粋な炭酸カルシウムの分解温度の知見からは有機物と炭酸カルシウムとが混在している真珠のようなものの加熱処理のメカニズムは類推できないものである。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。審決の認定、判断は正当であって、原告ら主張の誤りはない。

2  反論

(1)  取消事由1について

生物活性物質とは、その語句の意味からして生物に何らかの活性化する効果を奏する物質と解されるから、原告ら主張のように限定的に解釈すべきものではない。また、本願発明における生物活性物質は加熱温度によって得られる物質が異なり、その活性も異なるものであるから(甲第3号証1頁下から3行ないし2頁1行)、種々の加熱温度で得られたそれぞれの物質が広範囲な生物活性を示すものではない。したがって、本願発明における生物活性物質という用語は、広範囲な生物活性作用をもつ物質としてではなく、何らかの生物活性作用をもつ物質という上位概念であると解釈すべきである。そして、真珠を1000ないし1100℃で加熱したものは、到底広範囲な生物活性を示すとはいえない。

真珠粉末はカルシウム剤となり、健康維持増進のための保健剤として本出願前に周知であることから(甲第4号証35頁)、カルシウム剤となる真珠粉末は生物活性物質であることは明らかである。

引用例においては、真珠貝の貝殻を焼成した物をカルシウム源として使用しているから、焼成物が生物活性物質として用いられていることは明らかである。

したがって、本願発明物質と引用例に記載のものとを生物活性物質として一致しているとした審決の認定に誤りはない。

(2)  取消事由2について

真珠の主成分である真珠層と、真珠貝の貝殻に含まれる真珠層とは、加熱処理の原料として同一であるから、両者の1000ないし1100℃での加熱処理物は同一物質である。すなわち、

<1> 水産百科事典(乙第1号証)の真珠層の項目に「真珠の珠は・・・アコヤガイに他の貝で作った核を入れ外側に真珠質を巻かせたものである。」、及び真珠の養殖の項目中の(2)挿核手術貝の育成の項で、「真珠を貝の体内で造らせるには、外套膜部の上皮細胞の組織を2~3mm角に切り取った細胞片(ピース)を核挿入直前または直後に核に密着させる同時づけ法か、挿核後4~10日たってかち細胞片を核に密着させる後づけ法による手術を行ない、細胞片が体内で培養されて真珠袋をつくり、真珠層を分泌して核を包むことによってできる」と記載されているとおり、真珠は核と真珠層から成るものである。そして、真珠養殖の場合、核は、通常、貝殻からつくられるものであり、天然真珠の場合は、砂などである。

他方、真珠貝の貝殻は、殻皮、稜柱層、真珠層をもつものである(乙第1号証)。

<2> 本願明細書に「真珠はそのまま、あるいは粉状、フレーク状等にして加熱せられるが、加熱にあたっては陶土、ガラス、セラミック等が混合されてよい。また真珠粉末と上記陶土、ガラス、セラミック等の粉末とを混合しバインダーを混合して所定形状に押圧成形するか、あるいは上記混合粉末に水を添加してスラリーとし、該スラリーを所定形状に鋳込みあるいは押出し等で成形するかして成形物を作成し、しかるのちに加熱してもよい。」(1頁21行ないし26行)と記載されていることからすると、本願発明の生物活性物質は、加熱処理物中に真珠の加熱処理物が一部分でも含んでいればよい物質である。

そして、上記<1>に述べた真珠貝貝殻の成分からみて、引用例の真珠貝貝殻の1000ないし1100℃での加熱処理物中には、真珠の同温度の加熱処理物と同一成分が含まれているものである。

<3> 甲第4号証では、生物活性物質といえるカルシウム源として真珠と真珠貝とを同様に扱っている。また、甲第4号証の他の箇所に古来真珠のみが貴重薬として使用されていたとの記載があっても、真珠貝を否定したものではない。そして、これは真珠を1000ないし1100℃という高温加熱処理したものの記載ではないから、このことが、真珠の高温処理物と真珠貝の高温処理物との生物活性物質としての同一性を否定する根拠となるものではない。

<4> 本願発明の実施例9、10での比較におけるD’は炭酸カルシウム粉、E’は軟体動物としての種が異なるかきのかきがら粉であり、引用例の加熱処理された真珠貝粉ではないから、この比較は、引用例との比較ではなく、意味のないものである。

<5> 本件800℃試験結果(甲第6ないし第9号証)は、分析に供したとする試料の調製を試験者自らが行ったものではないから、試験結果が、真珠を800℃で加熱処理したもの及び真珠貝を800℃で加熱処理したものについてのものであることが確認できない。

また、引用例に記載されたものは、真珠貝貝殻を電気炉中1000ないし1100℃において約1時間加熱したものであるから、本件800℃試験結果は、本願発明と引用例に記載されたものとの比較にはなり得ない。特に、1000℃以上は炭酸カルシウムの分解温度より高いものであるから、800℃の加熱処理物は1000ないし1100℃の加熱処理物の代替物とはなり得ない。

真珠粉にMnが含まれ、真珠貝貝殻粉には含まれていないという蛍光X線分析結果は、真珠の成分から考えて首肯し得るものではない。試料の調製中に混入した不純物又は特殊な真珠とも考えられる。

<6> 金魚の成長試験は、個体差が大きいから検体の選択について十分な注意を払う必要があること、十分な数の個体数を確保して行う必要があること、効果の確認において統計学的な手法も加味する必要があることについて十分考慮して行われたものと認めることはできないから、甲第10及び第11号証の写真からは、本願発明のものが引用例に記載のものに比べ生物活性が優れているとすることはできない。

甲第16号証の金魚の飼育実験結果についても、甲第10及び第11号証について述べた批判がそのまま当てはまる。

<7> 本件1000℃試験結果(甲第13ないし第15号証)における試験試料は、証明者である名古屋市工業研究所が調製したものではないから、上記試験結果が、原告ら主張のとおりの試料についてのものであることが確認できない。

本件1000℃試験結果は、いずれも真珠貝貝殻粉には真珠粉が含まれていないことは示しておらず、かえって、甲第14号証の赤外線吸収スペクトルのチャートを見ると、真珠粉と真珠貝貝殻粉はほぼ同じスペクトルであり、真珠貝貝殻粉に真珠粉が含まれていることが示されているといえるのである。

カルシウム溶出量の点については、前記<2>で述べたとおり、被告は真珠粉の加熱処理物と真珠貝貝殻粉の加熱処理物とを同一としているものではないから、その溶出量が大幅に相違するとしても、これによって、真珠貝殻粉の加熱処理物中に真珠粉の加熱処理物が含まれることが否定されるものではない。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりである。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本願発明の要旨)及び同3(審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。

そして、審決の理由の要点(2)(引用例の記載事項の認定)は、当事者間に争いがない。

2  原告ら主張の取消事由の当否について検討する。

(1)  取消事由2について

<1>  成立に争いのない甲第3号証によれば、本願明細書(甲第3号証)には、「真珠はそのまま、あるいは粉状、フレーク状等にして加熱せられるが、加熱にあたっては陶土、ガラス、セラミック等が混合されてよい。また真珠粉末と上記陶土、ガラス、セラミック等の粉末とを混合しバインダーを混合して所定形状に押圧成形するか、あるいは上記混合粉末に水を添加してスラリーとし、該スラリーを所定形状に鋳込みあるいは押出し等で成形するかして成形物を作成し、しかるのちに加熱してもよい。」(1頁21行ないし26行)と記載されていることが認められる。この記載によれば、本願発明は、真珠をその原料とするものであるが、場合により他の材料を加えてもよいことが認められる。

<2>  そこで、真珠とその中に真珠層を一部含む真珠貝が本願発明の原料として同一か否かについて検討する。

(a) 成立の争いのない乙第1号証によれば、「水産百科事典」(海文堂出版株式会社 昭和47年2月15日発行、262ないし263頁)には、「真珠層 軟体動物の貝殻は三層からなりたっているが、その最も内側の層で、・・・貝殻の最も外側はキチン質に近いコンキオリンという有機物を含む殻皮(かくひ)で、次の層は方解石の結晶が、表面に対し垂直に並んだ稜柱層(りょうちゅうそう)である。真珠層はあられ石を主成分とし、光の屈折により美しい真珠光沢をもっている。真珠の珠はこの層の美しさを利用してアコヤガイに他の貝で作った核を入れ外側に真珠質を巻かせたものである。」(262頁左欄28行ないし39行)、「真珠の養殖・・・真珠は貝の真珠層に分泌によってできた美しい珠のことで」(262頁左欄末行ないし右欄1行)と記載されていることが認められる。この記載によれば、真珠は、他の貝で造った核の外側に真珠質が巻かれたものであり、真珠貝(アコヤ貝)とは真珠層を含有する点で共通することが認められる。

(b) 成立に争いのない甲第4号証(24頁)によれば、明時代の薬物の研究書「本草綱目」には真珠の様々な薬効が著されていることが認められ、成立に争いのない甲第17号証によれば、薬科学大辞典(株式会社 川書店 平成2年5月25日発行)にも、真珠が現在でも医薬品として使用されていることが記載されていることが認められるが、これらの記載が真珠層を含む貝殻の薬効を否定しているとまで認めることはできない。

(c) そうすると、本願発明と引用例に記載のものとは、原料としてそれぞれ真珠、真珠貝の貝殻を用いている点において実質的な差異があるとすることはできないと認められる。

<3>(a)  原告らは、真珠のみが原告ら主張の生物活性を有することは、本願明細書(甲第3号証)中の実施例9、10における生物活性物質D、Eと比較物質D’、E’との比較によっても明らかである旨主張するが、前記甲第3号証及び弁論の全趣旨によれば、D’ではDにおける80重量%の真珠粉に代えて炭酸カルシウム粉を用い、E’ではEにおける10重量%の真珠粉に代えて真珠貝とは種の異なるかきがら粉を用いていることが認められ、引用例において使用された真珠貝貝殻粉を用いていないから、この比較は、本願発明と引用例に記載のものとが同一のものではないことを立証するものではない。

(b)  原告らは、本件800℃試験結果に基づき、真珠粉と真珠貝貝殻粉との相違を主張し、X線回折(甲第6号証の1、2)及び赤外線吸収スペクトル(甲第7号証)の結果から、真珠粉には真珠貝貝殻粉に含まれない水酸化カルシウムが含まれていると主張する。しかしながら、本願発明の要旨(特許請求の範囲)は、真珠を700~1100℃で加熱するものであるところ、上記水酸化カルシウムが含まれている点が温度の高い1100℃の条件でも同様であると認めるに足りる証拠はない。実際、原告らがその後1000℃で行った試験結果(甲第13号証の1及び第14号証)によれば、両者の間に水酸化カルシウムの存否の点での相違は認められていない。

(c)  原告らは、本件800℃試験結果の蛍光X線分析(甲第8号証の1、2)に基づき、真珠粉には真珠貝貝殻粉に含まれていないMnが含まれている旨主張するが、その試験に用いられた試料がたまたま真珠のみがMnを含むものであった可能性もあり、本件800℃試験結果のみから、Mnの点で差があると認めることはできない。甲第14号証の赤外線吸収測定の結果からは、微量不純物の存在がうかがえるとしてもそれが何であるかは不明であり、原告主張のMnの存在を裏付けるものではない。

(d)  カルシウム溶出量について

原告らは、本件800℃試験結果(甲第9号証の1、2)に基づき、真珠の表面積は貝殻の表面積の2/5程度であるが、それにもかかわらず、カルシウム溶出量は真珠粉が貝殻粉の170倍以上である旨主張する。しかしながら、この試験結果は、後記甲第15号証の1、2の試験結果と比較すると、加熱温度が異なるとはいえ溶出量の差が極めて大きく、直ちに採用することはできない。

甲第15号証の1(実験成績書)には、真珠粉と真珠貝貝殻粉の1000℃加熱処理物につき(甲第12号証)、真珠粉と真珠貝貝殻粉のカルシウム溶出量が、それぞれ88.3mgCa/試料1g、93.9mgCa/試料1gであることが記載されている。さらに、甲第15号証の2(実験成績書)には、真珠粉と真珠貝貝殻粉の比表面積が、それぞれ1.2m2/g、4.0m2/gであることが記載されている。

原告らは、上記実験結果に基づき、単位比表面積(1m2)当たり真珠粉では73.6mgCa(88.3/1.2)、真珠貝貝殻粉では23.5mgCa(93.9/4.0)という大きな差があると主張する。

しかしながら、上記実験結果によれば、単位比表面積(1m2)当たりのカルシウム溶出量について、真珠貝貝殻粉よりも真珠粉の方が大きい値を示すが、逆に試料1g当たりのカルシウム溶出量は真珠貝貝殻粉の方が大きい値を示している。原告らは単位比表面積当たりのカルシウム溶出量の大きさを主張しているが、上記数値データを総合的に勘案すれば、真珠層が多い真珠では、真珠層からの単位比表面積当たりのカルシウム溶出量が多いため、総溶出量が相当多いが、貝殻粉では、真珠層が少ないため単位比表面積当たりの溶出量が少ないが、真珠層以外が多いため表面積の絶対量は大きいため総溶出量は多いと解することができるから、「単位比表面積当たりのカルシウム溶出量」をもって、直ちに本願発明の真珠粉が生物活性物質として顕著なカルシウム溶出量を有しているものとは認めることはできない。

(e)  金魚の飼育実験について

原告らは、金魚の飼育実験の結果(甲第10号証)から、成長に大きな差が認められた旨主張する。しかしながら、その飼育実験は、800℃での加熱処理物を使用し、各1匹の金魚について飼育実験を行ったというものであるから、その結果から直ちに原告ら主張の成長の大きな差を認めることはできない。

甲第16号証による金魚の飼育実験の結果も、10匹の金魚について飼育実験を行ったというものであるから、いまだ統計的処理に必要な個体数を使った飼育実験とはいえないから、その結果から直ちに原告ら主張の成長の大きな差を認めることはできない。

(f)  鮮度保持試験について

ガーベラとサカキの鮮度保持試験(甲第11号証)についても、真珠粉と真珠貝貝殻粉とでは両者に含まれる真珠層の量が異なることとなるから、この試験結果から、真珠と真珠貝貝殻粉中の真珠層の加熱処理物とでは、ガーベラとサカキの鮮度保持試験において差があると認めることはできない。

<4>  したがって、本願発明と引用例に記載のものとは原料として真珠、真珠貝の貝殻を用いている点において実質的な差異はないとした審決の判断に誤りはなく、原告ら主張の取消事由2は理由がない。

(2)  取消事由1について

<1>  引用例の記載事項の認定は、前記のとおりである。さらに、成立に争いのない甲第2号証によれば、引用例には、特許請求の範囲の欄に、「炭酸カルシウムを含有する帆立貝、かき貝、もしくは真珠貝の各種貝殻を1000℃~1200℃の高温処理を行って人体に有害な有機物を焼結除去するとともに酸化カルシウムを主成分とする灰分化したミネラルを抽出し、これを乳酸、リンゴ酸、クエン酸等の食品用有機酸と反応させて乳酸カルシウム、リンゴ酸カルシウム、クエン酸カルシウム等の各種健康食品上有益な有機酸カルシウムを主体とした塩を製造したことを特徴とする天然貝殻から食品用有機酸のカルシウム塩を製造する方法。」と記載され、発明の詳細な説明の欄には、「この発明は天然貝殻から食品用有機酸のカルシウム塩を製造する方法に関するものである。特にこの発明は炭酸カルシウムを多量に含有する・・・真珠貝等を電気炉にて高温で焼結し、これら貝殻に含まれている有機物を除去して酸化カルシウムを主成分とした天然性ミネラルを抽出するとともにこの天然性ミネラルを乳酸、リンゴ酸、クエン酸等と反応させてカルシウムを主成分とした各種塩を製造し、天然性の食品用塩として使用するものである。ことに本発明によれば天然貝殻から得たカルシウムはカルシウムのみならず海より由来する人体に有用な少量のマグネシウム、カリウム、鉄、ナトリウム、を含みかつ人体に有害な有機リンを分解除去させる特徴を有し、健康上好ましい食品用塩が得られる。」(1欄37行ないし2欄15行)、「精製酸化カルシウムを水に溶解すると水酸化カルシウムとなり、顕著なアルカリ性を呈してそのままでは服用するに不適当な為、例えば乳酸、リンゴ酸、クエン酸等の各種食品用有機酸と反応させる。すると次のような化学反応によってカルシウムを主成分とする塩が生成する。」(2欄37行ないし3欄6行)と記載されていることが認められる。

これらの記載によれば、引用例には、真珠貝の加熱処理物がカルシウム源であることが開示されているに等しいと認められる。

<2>  そして、カルシウム源は生物に対する何らかの活性作用を有する物質である生物活性物質であると解されることからすると、カルシウム源は、本願発明の特許請求の範囲にいう「生物活性物質」に含まれると認められるから、貝殻など炭酸カルシウムを主成分とするものはカルシウム源であって、生物活性物質であることは周知であること等を理由として、本願発明と引用例に記載のものとはカルシウム原料を1000℃~1100℃の温度で加熱して得られた生物活性物質である点で一致するとの審決の認定に誤りはないと認められる。

<3>(a)  原告らは、引用例の目的物は貝殻高温処理物を食品用有機酸で中和して製造された食品用有機酸カルシウム塩であるから、貝殻高温処理物は生物活性物質ではあり得ない旨主張する。しかしながら、上記<1>に説示の事実によれば、引用例において乳酸等の食用有機酸で処理する技術的意味は、貝殻高温処理物は水に溶解すると、アルカリ度が高いので、安全に服用できるようにアルカリ度を調整(すなわち、中和)するためであるところ、従来からカルシウム剤として乳酸カルシウム、グルコン酸カルシウム等のようにアルカリ度を調整して服用するのが普通であると認められるから、引用例の貝殻高温処理物自体がカルシウム源であり、生物活性物質であるとの認定に誤りはないと認められる。よって、原告らのこの点の主張は理由がない。

(b)  さらに、原告らは、本願発明における生物活性物質とは、魚の生育を促進したり、花の鮮度を維持したりする作用のほか、高血圧、糖尿病、心筋梗塞、歯槽膿漏等の病気に対する治療効果、白髪を黒髪に変える効果等を含有する生物活性を有する物質をいうところ、貝殻を1000℃~1100℃で加熱して得られた物が上記の意味での生物活性物質であることは、引用例のどこにも記載されていない旨主張する。しかしながら、「生物活性物質」との本願発明の特許請求の範囲の記載は、原告ら主張の魚の生育促進、高血圧、糖尿病等の病気に対する治療効果、白髪を黒髪に変える効果等を有する生物活性を有する物質のみならず、カルシウム源を含む上位概念と考えざるを得ないものであり、この「生物活性物質」との記載を魚の生育促進、高血圧に対する治療効果等を有するものに限定して解することはできないから、本願発明にいう「生物活性物質」はカルシウム源を含む概念であるといわざるを得ない。よって、この点の原告らの主張は採用できない。

<5>  したがって、原告ら主張の取消事由1は理由がない。

3  よって、原告らの本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、93条1項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

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